東スポを超える日本一のタブロイドを目指す!(笑)
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「限界集落も土砂災害も、原発事故も戦争も、みな人間の営みの過剰と欲望の
 物語であるが、同時に個人の意思の及びがたい共同体全体の物語でもあり、
 それゆえどんな離郷も深い無念の光景となる。人が離郷で失うのは、
 馴れ親しんだ暮らしだけではない。最大の喪失は、土地の匂いといった
 己が身体に根ざしたアイデンティティーである」

「わたしは昔、スタインベックの『怒りの葡萄』に描かれた、アメリカ中西部の
 農地を覆いつくす砂嵐の風景にこころを奪われたが、30年代前半は、アメリカ
 ではトウモロコシや綿花の単一品種の大規模栽培が農地の土壌流出を引き起こ
 した結果、中西部一帯を実際に砂嵐が襲い、物語のジョード一家のように、
 多くの農民が土地を捨ててカリフォルニアを目指した。私は彼ら貧農の根無し草
 の暮らしの厳しさが、アメリカ人全般の国家というアイデンティティーの強さを
 つくってきたように思えてならない。土地の記憶の代わりの星条旗である」

「百年刻みの時間で眺める時、海辺の暮らしではこうした新陳代謝がつきもの
 なのであり、先の大津波で壊滅した三陸海岸の町や村も、いずれまた人の
 暮らしが始まるときは来る。豊かな海があり、土地があり、私たちが必要と
 する限り、暮らしは必ず興る。ちなみに、いったん人がいなくなった土地自身は、
 次に人がやってくるときまで自然に返るだけのことである。

 ところで、『私たちが必要とする限り』と書いたが、私たちはいったい何を
 どこまで必要としているのだろうか。『生きるための最低限』ではなく、
 『できるだけ多く』でもなく、問うべきは一人一人が『どう生きるか』であり、
 そのために何が必要か、である」

高村薫(たかむらかおる。作家)
※2013.7.5朝日新聞朝刊
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