東スポを超える日本一のタブロイドを目指す!(笑)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
福島の原発近くには、東電社員の奥さんと地元の奥さんの交流グループがあるそうです。あるいは、あったそうです。東電の肝いりでつくられたもので、地元の人びとに原発への理解を深めてもらうのが目的だそうです。テレビのインタビューに答えていたのは、そうしたグループの地元側のリーダーでした。ご自宅の茶の間とおぼしい畳の間で、 その方は声を絞り出すようにして訴えておられました。およそこんなお話でした。

「地震の翌日(もしかしたら翌々日)、大混乱の中で、東電の奥さんたちは無事かしらと、 電話をかけてみた。そうしたら、一人残らず遠くに逃げていた。わたしたちにはなにも言わずに。わたしは、原発のためにいっしょけんめい協力してきたつもり。東電の奥さんたちとはなかよくおつきあいしてきた。友だちだと思っていた。なのになぜ知らせてくれなかった、なぜ自分たちだけ逃げた...理解できない」

逃げること自体に、責められる謂れはありません。多くは、小さな子どものいるお母さんたちでしょう。子どもを守るために逃げる。当然です。ひっかかるのは、なぜ地元の方がたに原発が危険だという情報が一切流れなかったのか、です。原発の町に暮らしていた東電家族は、数十にのぼるでしょう。交流グループのメンバーも数人ではすまないはずです。学校や保育園の子どもつながりで、地元と親しくつきあってきた方もおられるでしょう。なのに、テレビに出ていた方の話のとおりだとすると、なぜ誰一人、子どもの友だちのお母さんに、自分たちは避難すると伝えなかったのでしょう。

わたしは、戦争末期に旧満州からいち早く引き上げた関東軍とその関係者の家族のことを思い合わせずにはいられませんでした。日頃は親しくしていても、危険が喫緊に迫ってくるとどうでもよくなる、その程度の おつきあいでしかなかったのか。かつて東電に勤めていた蓮池透さんは、家族連れで福島の原発に勤務していたことがおありですが、地元とのつきあいはうわべのものでしかなかった、とご著書に書いています(『私が愛した東京電力』かもがわ出版)。そういうことだったのか、とインタビューに答えておられた方とともに、わたしは深くうなだれるしかありません。

記事全文:「原発てんでんこ」?
参考:東電福島第一原発モニターOB会のインタビュー動画。「原発てんでんこ」は15~20分あたり。

池田香代子(ドイツ文学翻訳家・口承文芸研究家)
※2011.10.21池田香代子ブログ
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://momohide.blog121.fc2.com/tb.php/1195-fb07deb6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。