東スポを超える日本一のタブロイドを目指す!(笑)
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■安美錦
初めて対戦した時に、中に入って自分の形を作ったんだけれども、
抱え込まれて、そこから潰されてしまった。
『あぁ、この形でも負けるんだ』と思った。

引退後も解説も非常にわかりやすい解説で、
『人の気持ちを見抜く解説』だった。
(その相撲が、音羽山親方が)『言った通りになる解説』だった。
自分の相撲も後で音羽山さんの解説してるのを観ると、
自分の考えていること、自分のしようとしていることを
ほとんど見抜かれていた。

親しく話をさせてもらうことはなかったんだけども、いずれ、じっくり、
相撲の話をしてみたかった。残念です。

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■武蔵丸(武蔵川親方)
亡くなったのを知った時にはショックというより「なんで?」と思った。
まだ早いよ、と思った。新入幕、新大関も一緒。
土俵の上ではいつもライバルで、(貴ノ浪に)勝てないと次が見えない
と思っていた。
足腰がいい、力も強い、柔らかいし、片足でも残れるし、
うーん、(こういう力士は)なかなか出てこないな。
私の中では「ピュアな人」。付き合いやすい。
あまり「心がぶれない人」だから、それで仲良くなって。
私と似ているところがあって(それは)「頑固なところ」。
心が痛いよ。痛すぎるよ。

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■刈屋富士雄(NHKアナウンサー)
現役時代は(貴ノ浪と武蔵丸は)あまり腹を割った話はできなかった
そうなんですけど、引退後にいろいろと話をする機会があって、
そしたら貴ノ浪がですね
「自分はこれまでの人生の中で家族以外でものすごく好きな人が2人いる。
 師匠である初代貴ノ花、そして武蔵丸だ」と。
「I love マルちゃん」というふうに言ったそうです。
音羽山親方と(刈屋が)ヨーロッパに取材に行った(2012年?)帰りに
師匠の初代貴ノ花(2005年没)のお見舞いにずっと通った時に
最後にかけてもらった言葉が「(貴乃花)光司を頼む」というのが
最後の言葉だったそうです。ですから音羽山親方はですね
残りの人生をとにかく貴乃花、今の貴乃花親方を支える、
これに賭けよう、とその時に決心した
、という話をしていました。

舞の海
「(貴乃花部屋付きの親方ではなく)まぁ独立してもいいわけですからね。
 年寄名跡を取得してますからね
 それだけ師匠の言葉を、師匠が亡くなってもその言葉をしっかりと胸に
 守っていこうと。すばらしい師弟関係ですね」
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※2015.7.13 NHK「大相撲名古屋場所2日目中継」
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1952年4月に発効した安保条約は、日本が米国に基地を提供し、
米国はこれを「外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与する
ために使用することができる」と定めていた。米国の日本防衛義務は
明記されておらず
、条約上、日米は対等な関係になかった。
砂川事件の根はここにあった。

(略)

重光(外相)-ダレス(国務長官)会談の具体的なやりとりは、日本側の会談メモ(要旨)
の内容を2001年7月16日付朝日新聞が報じて明らかになる。それによると。

重光
「安保条約調印の際、非武装化された日本は、軍事的双務協定の締結が
 不可能だった。しかし今や(日本の防衛力増強で)現在の一方的安保条約に
 代わる相互的基礎に立つ新防衛条約を締結する機運が熟している」

ダレス
「現憲法下において相互防衛条約が可能か。日本は米国を守ることができるか。
 例えばグアムが攻撃された場合はどうか


重光
「そのような場合には協議すればよい」

ダレス
「日本の憲法は日本自体を守るためにのみ防衛力を保持できるというのが、
 その最も広い解釈だと考えていた」

日本の憲法は、日本が米国の防衛に直接、参画することを認めていない。
ダレスはそう認識していた。

ダレス
「憲法が許さなければ意味がない」

ダレスは重光を突き放した。

※2015.7.10朝日新聞夕刊「憲法と9条(69) 砂川事件(6)」
[東京 9日 ロイター]
安倍晋三首相は9日午前都内で英エコノミスト誌主催のイベントで講演し、
安保法制審議に絡み、1960年の日米安保条約改定も「大変な反対にあい、
岸信介元首相(当時)が退陣と引き換えに成立させた」と指摘。
一方、安保法制を契機とした「解散・総選挙はまったく考えていない」と明言した。

※ロイターWEB 2015年 07月 9日 11:25 JST
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